気ままな一人暮らしで困ったこと

学校を卒業して社会人になり、実家を離れて一人暮らしをすることになりました。 一番先に困ったことは、朝起きることです。 朝、必ず一人で確実に起きなければならないというプレッシャーは相当なものでした。 それまでも学校に遅れないように行くためや、アルバイトに間に合うためなど、 自分で目覚ましをかけて予定の時間に起きると言うことは普通にありましたが、 会社に遅れないために、毎朝、自分一人で、 必ず、確実に起きなければならないというのは本当に相当なプレッシャーでした。

まずケータイでアラームを時間をずらして3つかけて、 最後に強烈なベル音の目覚まし時計をセットしておきました。 大抵は目覚まし時計の強烈なベルは聞かずに済んだのですが、 たまに前日に飲まされたり疲れがたまっていたりすると、 目覚ましでハッと飛び起きることもありました。 それでも一度、朝寝坊をしたことがありました。 目が覚めたときにはもう会社の近くについていないといけない時間で、 ぼーっとした頭でそれがわかったときの絶望感はとても大きかったのを覚えています。

もう仕方ないと思い、でも新入社員で遅刻というのもバツが悪かったので、 自分の部署に電話をして上司に「コンタクトを落としてしまって今探しているので少し遅れます」 と嘘をつきました。 我ながらいい嘘だったと思います。 今は一人暮らしにも慣れて、そういう失敗はなくなりましたが、 一人の気楽さと引き替えに責任を全部おうというのは大変なことだと思いました。

一人暮らしで分かる家族や人のあたたかさ

一人暮らしは、やはりメリットとデメリットがあると思います。 一人暮らしは気楽ですが、やはりひとりというものは寂しいものです。 また、何か困ったことがあったときや、病気のときは特に、ひとりって辛い・・・と思います。 電球を替えたり、高いところの何かを修理したり、これまで当然のように父親や、 他のだれかにやってもらっていたことを、ひとりでやらなければいけなくなるのですから、 それは大変です。

苦手なことも、自分しかいないのですから、やらなければいけません。 家事や、家計の管理、ご近所との付き合い、税金の支払い関係などもそうです。 私も最初は大変でした。

一人暮らしの気楽さに伴うデメリットは必ずあります。 でも、私にとってひとつ良かったことは、 やはり「人はひとりでは生きていくのが大変だ」ということが分ったことです。 そして、家族の大切さがわかったということ。 実家にいたときは、親とけんかばかりしていましたが、一人暮らしを始めてからは、 休暇が終わって両親と別れるときは毎回泣いていました。 きっと親のほうが辛かったでしょう。ここで別れたら、また娘は一人の生活に戻るのですから。

私がひとり暮らしをやめて、結婚したときは両親はそれは安心していました。 結婚したときも、ひとりじゃないっていいな、と実感しました。 一人暮らしのころは、好きな時間に好きなことをして、友人を気兼ねなく呼んだりできて、 もちろん楽しかったですが、ひとりはやっぱり寂しいです。 でも、ほんの少しでも、一人暮らし経験があると、また色々なことが見えてきますよ。

引越しというひとり暮らしスタートのための儀式

ひとり暮らしを始めたのは大学入学がきっかけでした。 大学生とはいっても、まだ18歳(現役合格だったので)で世の中の仕組みも、 酸いも甘いも、右も左も分かっていないような年齢です。

食事を作ると言ってもラーメンと焼きそばくらい、掃除も洗濯もできるようなできないような。 ただただ不安なスタートでした。

引越し当日は朝イチで契約した部屋に移動し、 引越しの少ない荷物を部屋で待つという段取りでした。

朝9時くらいにアパートの新しい部屋に着いて、鍵を開けて、とりあえず手荷物をおいて。 部屋はあらかじめ掃除してくれてあったので、きれいなのですが、 荷物が全くないので当然ですがガランとしています。 あの時の「何もないなー」という感じは、ひとり暮らしも大学生活も、 まだ何も始まっていないゼロの状態と重なって、それはそれは不安だったのを覚えています。 残念ながら「始まるんだー」というポジティブ指向にはなれなかったのも覚えています。

1時間くらいたって、引越し業者さんがやってきて荷物の搬入が始まります。 できるだけ荷物は少なくしたので、ベッドと本棚とテーブル、 オーディオ類、ダンボールが10箱くらい。 引越し業者さんと書類のやり取りをしたり、家具を置く場所の確認をしたり。

慌ただしく、でもあっという間に引越しは終わって、残されたのは見慣れた自分のものたち。 ガランと広かった部屋も、荷物のせいで狭くなって見慣れた場所に感じられるようにもなりました。

そこでやっと「ひとり暮らし、大学生活が始まるんだなー」という感想です。 今振り返ると、あの引越しは気持ちを切り替える、 もしくはスタートするための一つの儀式だったのかもしれないなーと思ったりしています。